東京高等裁判所 昭和26年(う)5502号 判決 1952年2月07日
控訴人 被告人 稲瀬征兵
弁護人 長島忠信
検察官 吉井武夫関与
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役十月に処する。
原審の未決勾留日数中三十日を右本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、末尾に添附した弁護人長島忠信作成名義の控訴趣意書と題する書面記載のとおりであり、これに対する判断は左のとをりである。
控訴の趣意第四点について、
記録を調査すると、本件が起訴された後、被告人は昭和二十六年一月二十九日附を以て原裁判所に対し、弁護人は自ら選任する旨の回答書と共に、被告人と弁護人長島忠信連署の弁護人選任届を提出し、これらの書面はいずれも、同年一月三十日原裁判所において受理しているのであるが、原審は同年五月一日、本件の第一回公判期日を同月十五日と指定した後、同月四日弁護士黒木盈を被告人の国選弁護人として選任し、同弁護人に対し右公判期日を告知したのみで前記私選弁護人長島忠信に対しては右公判期日の告知をしないまま、右指定期日に第一回公判を開いたところ、同日弁護人黒木盈は出席したが、被告人が出席しなかつたので同期日を変更し次回公判期日を同年六月二日と定め、同日第二回公判を開き、同日は被告人と、前記国選弁護人の外私選弁護人長島忠信も出席して審理をしたが、その審理終了後、原審は同日附を以て右国選弁護人を解任した事実が明らかであり、又原審は訴訟費用を被告人の負担とする旨の判決をしているが、原審における訴訟費用は、前記国選弁護人黒木盈に支給した日当及び報酬の合計金千二十円のみであることが記録上認められるから、原判決において被告人の負担と定めた訴訟費用とは右弁護人に支給した費用を指すことが明瞭である。
ところで被告人より弁護人は自ら選任する旨の通知をし、適法な弁護人選任届が提出されているに拘らず、原審が何故ことさらに国選弁護人を選任したか、又第一回公判期日を私選弁護人に告知せず、国選弁護人のみに告知したが記録上その理由が明らかとなつていないから、原審においては、私選弁護人の選任のあることを遺忘したため、かような措置に出たものと想像するの外ないが、いずれにしても既に被告人より適法に弁護人を選任しその届出をしている以上、その上国選弁護人を附することは法令に基かない措置であり全く無用のことといわなければならない。而して右国選弁護人の出席した原審第一回公判期日は前記のように審理をしないで変更になつているのであるし、第二回公判期日においては、同公判調書によると、弁護人が証拠調の請求その他被告人の権利防禦の訴訟行為をしたことが認められるが、出席した私選、国選両弁護人のいずれがその行為をしたのか右調書の記載では明らかでない。仮に国選弁護人が単独でその行為をしたものとしても、これが右国選弁護人でなければできない防禦行為であつたものとは到底認められない。
以上のような事情の下において、前記国選弁護人に支給した日当、報酬の費用を被告人に負担させることの当否について考えてみるに、刑事訴訟法第百八十一条第一項は、刑の言渡をしたときは、被告人に訴訟費用の全部又は一部を負担させなければならないと規定しているが、これは有罪の判決をする場合は必ず訴訟費用を被告人に負担させなければならない趣旨ではなく、その被告事件の審理上必要な処分に要した費用であり、且つ審理の経過及び結果に鑑み被告人をして負担せしめるのを相当と認めるもので、法令に規定されている費用を被告人に負担さすべき趣旨の規定と解すべきである。
然るに本件においては前記のような事情であるから、前記国選弁護人に支給した費用は、本件被告事件の審理上必要な処分に要した費用とは認められないし、又本件審理の経過及び結果に鑑み被告人をしてこれを負担せしめることは相当でないといわなければならない。故に右訴訟費用の負担を被告人に命じた原判決は法令の解釈を誤つた違法のものというべく、而して原判決は、右訴訟費用の裁判と本案の裁判とを一体として同時にしているのであるから、原判決は右違法の瑕疵により全部破棄を免れないものである。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 下村三郎 判事 高野重秋 判事 久永正勝)
控訴趣意
第四点訴訟費用の負担について、
原判決によれば慢然訴訟費用は被告人の負担とするとあるが、記録を精査すれば、国選弁護人の費用は被告人の負担から除かれなくてはならない。何故なれば被告人は本件に付昭和二十六年一月二十九日長島弁護人を私選して居るに拘らず、裁判所は勝手に同年五月四日国選弁護人として弁護士黒木盈を選任した。而して同人は第一、二回の公判に出廷しその費用の支払を受けて居る。斯くの如きは裁判所の怠慢によつて私選弁護人を見逃し其の費用を被告人をして負担せしむると言うことは不当である。